2017/05/27

イエス再臨の真実

Q
 S・モーゼスが、キリストの再臨について質問

A
「記録文書の表現にあまり目くじらを立てぬよう忠告しておきたい。これら記録は多くの場合、あいまいで誤りのあるもの。すなわち、教えを聞いてもその意味がよく分からないことが多く、そういう人物があいまいな印象を記録しているのだから。また翻訳がまずくて、間違った印象をそのまま伝えていることが多いのだから。こういう制約はあるが、主イエスが在世の折述べられたことで、いま成就しつつあることがたくさんある。特に、新しい啓示に関する全体の見通しについて。まさに、身は地上にありながらその日語られた、地上へのイエスの再臨、それは成就しつつある」

 

Q
 では、イエスの再臨とは純粋に霊的なものですか

A
「さよう。主イエスの地上再臨は、諸君らの間で進行している。いまイエスは媒介の霊を使って働きかけておられる。もし必要とすれば、直接自ら人間に働きかけられるかもしれぬ。ただ、肉身をもってではない。今は霊の時代であり、その感化は霊的なものである。ただし、その感化力はイエス在世当時と変わらない。
 変容の山において、イエスはその時、神力の通路となっていた霊達(モーセとエリヤ)と、まざまざと会話をされた。このお二方こそ、この運動や同じような他の運動に深くかかわっておいでになった方々、また今もなっておいでの方々。彼ら――モーセとエリヤ――は主イエスの指示下にあって活動しつつ、今この運動を鼓舞し指揮しておいでになる。」


「貴下らは新しい再臨による救済を、やはり間違った期待で見ている。つまり、真実の再臨の本質について誤解をしている。かつてユダヤ人達は第二のソロモンが現れて、彼らが失った栄光と富を再興してくれるものと待望した。いま、現代のキリスト教徒は、主イエスが多くの天使を従えて空中に現れ、彼らに願ったりかなったりの平和と栄光の治世を開始してくれると思い込んでいる。かつて、ユダヤ人達には、卑しくおとなしい大工の息子が、彼らの待ち望む王だとは信じがたかったように、いま地上の賢い者達の目には、今いたる所で抵抗に遭いつつ伝えられている霊的真理が、復活したキリストの福音であるとは思いもよらぬのである。今、霊的真理が貴下らの間に行き渡りつつある。これぞ救世主の統治。人の知り得る至高の真理の開顕。それは目に見える地上王国の建設ではない、静寂の中の霊的王国の建設、これである。
 我らの伝えるキリスト原理、これこそ、キリストを信奉する者達が待ち望むキリストの再臨そのものである。ただ、彼らの頭にあるのは地上的な物質的なもの。されど、我らの言うは霊的なもの、これである」


 

桑原啓善訳『続霊訓』pp145-148
(生前は預言者マラキとして知られるインペレーター霊を団長として(エリアの直接の指導を受けながら)、レクター(ギリシャのヒュポリュトス)、メンター(アラビアの哲学者アルガザリ)等、49名の霊団より、ステイトン・モーゼスを霊媒として送られた通信)より





2017/05/25

太古の永遠の真理

 過去の秘教学校は、霊が永遠の生命であることを示す、大いなる目的に奉仕していました。
人間の起源とその道、すなわち人間はどこから来たのか、なぜ地上に存在するのか、その終着点は何か、このことを秘教学校は教えたのです。
しかし、人類が物質に深く首を突っ込む時が来ました。そうして、人は霊の世界を見る「第三の目」を失いました。
退歩がおこり、霊力の誤用がおこりました――それは恐らく、若い僧たちの焦りとか、学徒たちが試練に耐ええなくなったことによります。
しかし、これとても神の計画からはずされるものではありませんでした。何となれば、精神と物質の両面で人間は進歩しなければならないからです。人間は「物質くさく」なるのも必要だったのです。その意志の開発と強化、これが必要だったのです。
 
 そこで、英知の大師たちは姿を隠し、地球の秘所にしりぞきました。彼等は今でもそこに住んでいます。
しかしながら、時折一人の教師が、太古の英知の寺院から出て来て、人類にもう一度真理を提示します。
特に、新時代の当初にはそういうことがあります。人類が新しい思想と生活に入って行く、新時代の到来の時はです。
そんな時には、必ず太古の永遠の真理が、その新時代にふさわしい形で再説されます。そうして、人類が一つの時代から次の時代へと入っていく、困難な転換を助けます。


――― ホワイト・イーグル
     桑原啓善訳 グレース・クック『秘儀への道』





2017/05/23

叩音通信について(交信が減った本当の理由)

Q
 「叩音通信法は、私どもが知る以前に、霊界の方で発見されたということですね」

A
 「叩音通信は現代特有のものである。昔は霊から人間へと直接話しかけたのである。よほどのことがない限り、物的手段に訴えて通信する必要はなかったのである。しかし、人間がだんだん物質的となるにつれ、この種の通信方法は使えなくなり、もうほどんど通用する人物もいなくなった。こういうわけで、物質利用の通信法が発明されたのである」
 
 「ベンジャミン・フランクリンが叩音による霊交の方法を発見したこと、またこのことの関心を霊達に引き起こさせる点で、大いにスエーデンボルグの援助を受けたこと、これは真実である。発見の当時は、両界の住民がすみやかに顕幽交通を始めるだろうということが信じられていた。
しかし、次の二つの理由でせっかくのその道がせばめられてしまった。
すなわち、人間の側の頑固な無視、また霊の側では、知名人の名をかたってその人物を装い、人間をたぶらかす、そういう行き過ぎがあったからである。
さらにはまた、指導に当たる霊達がこれは良くないことだと気づいたこと。すなわち貴下の友人の場合にように、霊が地上に戻ればたちまちその魅力のとりことなってしまう、そういう場所へ霊を帰してはいけないということ、これである。そいういう霊達は、別の惑星や境域に引き戻されており、今は地上と交信はしていない」



桑原啓善訳『続霊訓』pp115-118
(49名の霊団より、ステイトン・モーゼスを霊媒として送られた通信)より



※注 〈叩音通信法〉について
  心霊研究がアメリカで爆発的に広がるきっかけを作ったフォックス家事件では、「イエス」なら叩音が二回という方法で、文章が綴られた。現在フォックス家事件は、少女たちが大きくなり、関節を鳴らしたいかさまであると告白したということで、事件を片づけているが、当時の資料をみると、通信文書からさらに証拠物件もあがる中、当時の一流の学者が手足、関節を固定する実験をしており、最高裁判事もこれに加わって子どものいたずらではないと認定した記録が残っており、現象は真正のものであったと評価できる。
 後年、事件が大きくなるにつれ、人々の「死」に対する恐怖を煽りそれを商売にしていた者達や、金儲け主義の宗教家(金で人を支配する権力者も含め)達から、「死後生命の存続」を示す実験をしたフォックス家の人たちにかなりの圧力がかかったものと思われる。


※参考 叩音(こうおん)〈ラップ〉現象
  物理的な原因がないのに、コツコツとかパンパンとか、物をたたくようなあるいは空中で破裂するような音。強度なものは多数の人々が同時に聞くことができ、また録音することもできる。ポルタ―ガイスト(騒ぐ幽霊現象)ではラップ現象がしばしば起こる。この現象の背後にはもちろん霊が存在するのだが、ただしそこに霊媒体質の人がいないと通常は起こらない。それは、叩音をおこすにはエクトプラズムが必要だから。エクトプラズムを棒状にして物を叩くか、あるいはエクトプラズムで風船状のものを作り破裂させて叩音を発するとかする。
(桑原啓善著「ネオ・スピリチュアリズム講座 でくのぼう革命(上)」p50)



2017/05/17

地上の闘い

 過去長年月の間、人類に、いや心ある少数の人達に、神秘と思われてきた心霊現象に対して、近々この百年の間に科学の探求の光が向けられました。

心霊研究によって、存在に対する新しい心霊的解説の基礎が置かれたのです。

過去一世紀にわたる苦心の研究を経て、心霊現象の哲学的意味が明らかとなってきておりまして、今や我々は、唯物主義の科学的根底の崩壊の証人となっているのです。

今や唯物主義は幕を閉じようとしていまして、これは物に対する人間の闘争という形をとっています。




桑原啓善訳 アーネスト・トンプソン著 『近代スピリチュアリズム百年史 その歴史と思想のテキスト』より





2017/05/15

今日の言葉

みんながめいめいじぶんの神さまがほんたうの神さまだといふだらう、けれどもお互いほかの神さまを信ずる人たちのしたことでも涙がこぼれるだらう。

それからぼくたちの心がいいとかわるいとか議論するだらう。そして勝負がつかないだらう。

けれどももしおまへがほんたうに勉強して実験でちゃんとほんたうの考とうその考とを分けてしまへばその実験の方法さへきまればもう信仰も化学と同じやうになる。



―――宮沢賢治 『銀河鉄道の夜』第三次稿より