2017/07/06

憑依霊は自分が呼んだもの

>213  一家に災いあれば、これは邪霊の働きであるとして、直ちにこれを除けと言う。これは宇宙の根本義を忘れた誤りである。

 霊がつくのは、何かの縁があってついた。霊と本人との間に一致点があって、その波長関係でついた。これには自分にも霊にも、それぞれ一半の責任がある。だから霊と縁がきりたければ、霊のことも考えてやらねばならぬ。除くのではなく、除かねばならぬことを教えてくれた霊魂に敬意と感謝をもち、自分にその霊を呼ぶ未熟な心があったことも反省し、しかる後霊とともに向上しようとせねばならぬ。

 宇宙は、霊魂によって人を教えさとしてくれるもの。ここの根本義をよくよく心にとめるのが、実践に当たっての心構えである。


   ――― スピリチュアルな生き方原典
        日本神霊主義聴聞録
        脇 長生講述  桑原啓善筆録



2017/05/29

協力が法則

 私たち霊界人は、一人で事を行なうということはない。協力が法則であるからだ。私達はその仕事に必要なすべての個性の人々を集めて、これをうって一丸として、できるだけ完ぺきな一団を形成する。これはあたかもオーケストラのようなものだ。かりにその中の最小の一人でもが音を誤れば、他がすべて優れた奏者であっても、不調和を生みだす。協力は法則である。〔253〕


――― シルバー・バーチ



〔注〕一番むずかしい役は、グループの中で一番小さな役割の人かもしれない。少しも目立たないところで、最もうまく役をこなしても誰もほめてくれない役割を完ぺきにこなさなければならないからだ。その人がいちばん我(が)が少ない偉大な人物であるともいえる。宇宙は公平無私。どの役も偉大でむずかしい。ただそれを完全に果たすには、誰しも無私が必要とされる。その点で責任は同じで、だからその結果の功績も同じである。


――― 桑原啓善  (桑原啓善編著『シルバー・バーチに聞く』より)









2017/01/29

百パーセント危険な霊能開発

「 若し彼らにして一片の利己心があつたなら、そは必ず彼等の成功の心臓部を食い破つたであらう。」  『霊訓』※より 

※ステイントン・モーゼスを霊媒として、インペレーター(聖アウグスティヌスといわれる)を団長とする霊団より送られてきた通信。





 確かに霊能力は鍛錬すると出てきます。一つには体質にもよりますが、霊視能力も霊聴能力も物理的能力もそれだけ鍛錬すれば、その養成法、訓練によっては開けないことはないのです。しかし『霊訓』ではすぐれた霊能力をもつ霊媒になるよう霊能力を磨けとは絶対いわないのです。それは必要ないから、むしろやってはいけないからいわないのです。霊能力は開こうとすれば開けますが、今の時代は特に霊能力だけ磨いたら絶対いけません。やれば、ほんのわずかな我があっても百パーセントサタンは入ってきます。命取りになるからぜったいそれをやってはいけないのです。霊能力があることがいけないのではなく、愛と奉仕をせずに霊能力だけを第一目的に開こうとすると百パーセントサタンが入ってくるということなのです。これは絶対間違いのないことです。人によって違いますが霊能力を開くと霊視がきいたり予知が出来たり霊感が出てきたりしますが、それは神もなさるがサタンもやらせるのです。同じ位のサイキック能力が発揮できるので、それが神であるかサタンであるか本人は気づかないのです。ですから私は、愛と奉仕、愛と奉仕と、それしか言わないのです。そうすればその人の使命達成に必要な霊能は必ず結果として出てきます。それなのに、愛と奉仕を横においておいて霊能だけ求めるからサタンにやられるのです。一分の我があってもやられるのですから、せっかく霊能を開いても自分はサタンの支配下にさせられてしまします。

---桑原啓善


(『地球を救う霊的常識2』桑原啓善、でくのぼう出版、1995.11、pp42-43)
2017/01/21

深遠の道を進む者の心得るべきこと

 あなた方はすごく過敏になるのですよ。つまり他人の言葉や行為の結果にすぐピリピリとくるのです。これには冷静に賢く対処できるようにならねばなりません。
皆さんは心臓と咽喉と頭のチャクラが、ある程度目覚めさせられました、だから他人の想念や言葉に過敏になるのです。それ故に、内在の力を発揮して安定を保つことが極めて大切なのです。
冷静にして心を外に向け、他者の幸福の方に思いを向ける。内向的になって自分の欠点や過失や失敗に、くよくよじくじくしないようになることです。多くの人が自己内省で余りに時間を使いすぎています……これとあれとどっちが正しい? これが間違い? あれが間違い? とウジウジします。
自分の進歩のことで過熱し、余りに取越苦労をします。これは弱さです。克服されねばならないものです。
少々の間違いは重大なことではありません。肝心かなめなことは、あなたが今何を考えているかです。愛で、共感で、大きな心で、何を人類に貢献しているか、これです。



――― ホワイト・イーグル (桑原啓善訳 『光への道』より)


2016/12/13

『秘儀への道』より 6

 人が霊の道に一歩を置くと、たちまち困難や挫折に見舞われることがあります。
どうしますか? 蹴とばしますか? 背を向けて逃げ出しますか? それとも、状況に応じて賢明に、また内部のキリスト光をもって処理なさいますか? 
私共は今皆さんの立場から話しています。しかし本当のことを語っています。
人はよくこう言います。「ホワイト・イーグルさん、なぜこんなことになったのですか。私がこれを仕出かしたとでもいうのですか?」
私共には人の叫びは聞こえもしますし、分かりもします。
だが、人に悲劇と見えることは、最後には素敵な学習の機会になるものです。それは霊性進化のチャンスなのです。
それあればこそ、悩みも失敗も傷も失意も、きれいに最後には拭い去られる霊性進化のチャンスだった、そうなることを私共が保証しておきます。
魂はこうした学習を、地上の経験を通じてのみ学べるものです。
人が神のように人生を歩くためには、内部の神を発現するに役立つ、すべてのチャンスを受け入れるようにせねばなりません。
天使らはいつだって皆さんの方に手を差し伸べています。このことを心にとめておかれるように。


――― ホワイト・イーグル 
     (桑原啓善訳 グレース・クック『秘儀への道』より)