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2018/02/18

今日の言葉

 尚お爰(ここ)にモウ一つ断って置きたいことは、われ等の使命が、ありとあらゆる形式の利己主義を剿滅(そうめつ)せんとすることである。
『我(が)』がにじり出づる所には、そこにわれ等の施すべき余地はない。
自己満足、唯我独尊、驕慢、自慢、自家広告、自分免許………何れも皆禁物である。
小智小才に走るものは、到底われ等の用具にはなり得ない。独断専行を好むものも、亦(また)われ等の侶伴ではあり得ない。克己自制――これがいずれの時代に於(おい)ても、聖人君子に附きものの美徳であった。
苟(いやしく)も進展性にとめる真理の祖述者(そじゅつしゃ)は、昔から最も少なく自己を考え、最も多く自己の仕事を考えた人達であった。
かの地上にありし日のイエスこそは、正に高き克己心と、清き熱誠との権化ではなかったか。
彼は飽(あく)までも自己を抑えて、真理の為めに一身を犠牲にすることを辞せなかった。
彼の一生は人間の歴史が有する、最も高潔な絵巻物の一つである。
同様に世界を迷妄の闇の中から救い、これに真理の光を注いだ人達にして、未(いま)だ曾(かつ)て自制の人でないのはなく、何れも皆自己に割り当てられたる使命の遂行に向って、畢生(ひっせい)の心血を濺(そそ)ぐを忘れなかった。
ソクラテス、プラトン、ヨハネ、ポーロ、――此等(これら)は皆真理の開拓者であり、進歩の使徒であり、極度に無慾純潔、少しも驕慢、自負、自家宣伝等の臭味がなかった。それでこそ、あれほどの仕事ができたのである。
若(も)し彼等にして一片の利己心があったなら、そは必ず彼等の成功の心臓部を喰い破ったであろう。



W・S・モーゼス著 浅野和三郎訳 『霊訓』より

 
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