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2020/06/27

今日の言葉

弱さとは我(が)があるからです。
何事においてもこれは同じことです。
貴方が親しさや心の安らぎを覚える人物というのは、すべて今貴方がたどっている道を越えて来た人達です。
彼等は我を捨てて、自分の生活に内在の神の子の光を満たしたのです。
心優しい友らが貴方の傍にいますぞ。



――― ホワイト・イーグル 


     桑原啓善訳 グレース・クック『自己を癒す道』より





 
2020/06/25

霊的Q&A

(問)
 イエスは今どこにいますか。また何をしていますか。

(答)
 イエスの身体を通じて働いた霊は、二〇〇〇年前に始まったあの仕事をつづけながら、今もなお活動している。
しかし、この霊はあれからもう千度も磔(はりつけ)にされ、今もほとんど毎日磔にされている。
しかし、この霊は神の分身であるから、その影響感化を拡大しつづけるであろう。
たとえ神の通路となる者がどこにあろうとも。


――― シルバー・バーチ


桑原啓善訳 A・W・オースティン編『シルバー・バーチ霊言集』)



 
2020/06/20

霊的Q&A

Q
生活に必要な物資に恵まれた人達は、労働の法から解放されますか。

A
「多分、肉体労働からは。しかし、資力に応じて自己を役立てること、また、自己及び他者の知性を発展させる仕事、これも労働ではあるが、この義務からは解放されはしない。もし、食べるに十分な糧に恵まれていて、額に汗して働く必要がなければ、その人は他者のために役立つ事が一層大きな務めとなる。何となれば、善を為すに足るだけの十分な時間が、その人には割り当てられているから」



―― 桑原啓善訳 アラン・カーデック『霊の書』(下)、〔六七九〕より


 


 
2020/06/18

霊的Q&A

Q
自分の信じていない宗教の儀式を行うのはよくないことですか。それは関係者の、信仰は違ってもその人に敬意を表して行う場合ですが。

A
「この場合は、何れの場合もそうだが、どんな意図で行うのか。その気持が問題である。その人の信仰に対する敬意で行うのなら、それは間違いではない。それをもの笑いの種にするような者に比べれば、それは遙かによい。後者は愛を欠いた罪である。しかし、単純に興味本位のためとか、見栄のためとかで行えば神の目からも人の目からも、賎しむべきことである。人に良く思われたいために、唯ただ神の前に平つくばってみせる手合いを、神が喜ばれよう筈がない」

桑原啓善訳 『霊の書』(下)、〔六五五〕より